2015年02月27日

世界の把握と分離不安 〜賢くなったのはいいけれど〜

今、娘は7か月を過ぎたところである。6か月過ぎから、周囲の状況が
判るようになった感じがする。例えば、風呂から出た後、服を着せている
とき、今までは、手を袖に通すのに苦労していたが、ある時、スーッと
自分から、手を袖に通してくれるようになった。

まさに、パパが服を着させようとしているという周囲の状況を理解した
瞬間だったのだろう。また、親の感情を読み取ることもできるようだ。
まず、5か月中ごろに歯が生えて、痛いほど指を噛んでいたのが、
手加減して、軽く噛むようになった。

そして、髪を思いっきり引っ張り出したのに対して、「痛いよ!」と
言うようにしたら、ゆっくり引っ張るようになった。さらに、
お腹などの肉を、ぎゅーと思いっきりつかんだのに対して「痛いよ」と
言うようにしたら、痛くない程度に力を弱めた。

親の、痛いからやめて!という感情が伝わったのだと思う。
これは、喜ばしいことであるが、同時にマイナス面もある。
まず、親が周囲にいないという状況も把握したことである。

そのため、ちょっとでも離れたら、泣きわめくようになった。
よく言われている「分離不安」というものであろう。
また、パパとママの区別がつくようになったため、
私が寝かしつけようとすると、火がついたように泣き叫ぶ。

いずれ、時という概念が判り、親がどっかいっても、
また戻ってくることや、パパもママと同じくらい世話できる
ということが理解できるであろう。
少しの間の辛抱である。




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2015年02月22日

この世の終わりがごとく泣き叫ぶ 〜周囲の認識してる。〜

私は、普段、定時退社風のごとくという感じである。
しかし、先週はは、2年に一度の超重要な監査があるため、残業続きの週だった。
そのため、私の帰りがちょっと遅くなり、娘が寝る時間に妻が風呂に入ることになった。

それで、妻が風呂に入っている間に、娘を寝かそうとしたのだが、
妻の姿が見えなくなって1,2分経ったとき、「フギャー」と娘が泣き始めた。
その声は、今までのどんな泣き声よりも大きかった。

まるで、この世の終わりが来たという感じであった。
抱っこしても「フギャーフギャー」と最大音量で泣き続けた。
ユサユサしても普段は泣き止むにも関わらず、まったく泣き止む気配はなかった。

結局、15分くらい泣いたら、疲れたのか、泣き止んで眠りに落ちた。
このことは、父親と母親の区別が完全にできていることの証拠である。
順調に成長しているということで、喜ばしいことであるが、正直、寂しい。

普段、母親と過ごす時間の方が圧倒的に長いため、当然と言えば当然だが、
やはり、少し寂しい感じがする。このことを、職場で母親の立場にある同僚に
話したら、「もう少ししたら、パパーってなる日が来るよ」と慰めの言葉をもらった。

今のところ、ミルクを飲むにしても、昼寝をするにしても、ママーという感じである。
唯一、風呂に関しては、最初から私がほぼ毎日入れていることもあり、ママーとは
ならない。寝る前の歯磨きも同様だ。やはり、時間がものをいうのだろう。

これからもできるだけ、娘との時間を確保しようと思った。




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